「お客様の評価ポイント」を理解しよう
提案書ではよく「弊社独自の強み」というページを見かけますが、実際のところ「強み」は22.7%のお客様しか重要視していません。むしろ訴求すべきは「費用対効果」と「要件へのマッチ度合い」です。また、「他社より安くする値引きの努力」をしても、稟議の場で注目されるのはわずか30.4%に過ぎません。

以前、弊社はサービスや商材の発注に関わった経験のあるビジネスパーソンに全24問の調査を実施しました。その結果浮き彫りになったのは「営業とお客様の間にあるズレ」です。このズレの原因は思い込みやバイアスによるものです。これらには十分な注意が必要です。
「新規の取引先を検討する際に、営業に何を求めますか?」という質問に対し、豊富な知識や人柄、提案力、熱意などを超えて大きな支持を集めたのは以下の2つの項目でした。
- お客様を理解し、貢献しようとする姿勢
- 要件に合った提案をしてくれること

お客様が「営業にガッカリして発注を取りやめる」ケースの9割は、以下の4つの要因に集約されます。「どれにも当てはまらない」という回答はわずか1割しかなく、お客様をガッカリさせる要因はある程度絞り込めます。
- 営業として要件のヒアリングが不十分、情報の把握ができていない
- 営業としての魅力や価値を感じない、また会いたいと思わない
- 営業としての動きが悪い
- 意図に沿わない提案を出してくる

思い込みの罠に陥らないためには、常に「いつも当たり前にしている行動が本当に正しいのか」を疑う姿勢が必要です。正解を知っているのはお客様であり、その正解を検証するのは接戦案件が決着したときです。「どちらにしようか迷っていたお客様の心が動いた瞬間」に貴重なヒントが詰まっています。
営業組織で「思い込みによる行動」がなくならない理由の1つに、組織で「新規開拓」と「既存拡大」の担当が分かれていることが挙げられます。既存顧客の担当は接戦案件を経験せず、金額の大きな楽勝案件のみの世界観に染まりがちです。そのため、強い営業組織は既存顧客の担当にも適度にストレッチな目標を課しています。
組織全体が「接戦を戦っている状態」を作ることで思い込みはある程度防げます。ハイパフォーマーには適度な高い目標を課し、楽勝案件が続かないようにしましょう。そして、ローパフォーマーには適切な支援をして惨敗案件が続かないようにすることが大切です。そうすることで組織全体で「接戦における強さ」を高めていくことができます。
「強み」はズレが生じやすい
『無敗営業 「3つの質問」と「4つの力」』(日経BP)の中で「接戦の決定場面を問う質問」について解説していますが、その際に「お客様の心はこちらの想像とは異なるところで動いていることが多い」という点に触れています。
これは営業活動において非常に重要な点です。以前、江戸時代から続く老舗の味噌メーカーの営業がセミナーでこの「接戦の決定場面を問う質問」を試してみる、と話していました。そして実際に商談の場で質問をしてみたそうです。
後日、その味噌メーカーの営業が実際に質問をした結果を興奮気味に話してくれました。
営業パーソン
聞いてください!接戦の決定場面を問う質問をしてみたんですよ。そしたら、結果が自分の予想とは全く違っていたんです!
その会社は江戸時代から続く老舗の味噌メーカーで、当然、歴史と伝統を強調して提案をしていました。「当社は江戸時代から続く味噌メーカーで、代々の将軍様に味噌を献上していた歴史があります」と、ブランド力を前面に出していたのです。
ところが、実際に提案が採用された決め手は「パッケージング」だったのです。それまでは大きなパッケージで納品していたところ、今回はお客様の現場の状況に合わせて小分けにして納品するということを提案し、それがお客様が提案を採用する決め手となったのです。
営業は「こんなこと言われて、腰が抜けそうになりましたよ」と言っていました。
しかし、これはお客様が何にこだわるのかを今まで知らずに営業していたわけですから、実は危険なことでもあります。つまり、今までの提案がお客様の選ぶポイントから大きく外れていた可能性が高いということです。
お客様が心を動かされるポイントの中で、特に「強み」はズレが生じやすいものです。営業はよく「当社はこういう点が他社と違います」「ここに強みがあります」と説明することがありますが、お客様からすればどの会社も似たような強みをアピールしてくるものです。
そのため、お客様は営業が語る強みについては一応聞くものの、あまり参考にしないケースが多いです。なぜなら、それは売り手側のアピールに過ぎないからです。こうしたズレが生じる理由の1つは、営業側が売り手の都合だけで考えてしまうため、お客様にとって本当に重要なポイントを伝えられていないことにあるのです。
お客様が重視するのは「課題が解決されるかどうか」
とはいえ、「いや、それでもうちの会社のサービスには本当に強みがあり、それをきちんと理解してもらいたい」と思われるかもしれません。では、どうすればうまく伝わるのでしょうか。
答えは「今までお客様が解決できなかったことが、なぜ当社であれば他社と違って解決できるのか」を伝えることです。この観点から話すことで、強みを効果的に伝えることができます。
強みというのは売り手側の言葉になりがちです。例えば先ほどの例で言えば、「当社は江戸時代から代々将軍様に献上してきた老舗の味噌メーカーです」というアピールは、売り手側にとっては何百回、場合によっては何千回、何万回と繰り返してきた定番のトークです。
しかし、お客様はそれを初めて聞くわけです。その初めて聞いた情報をお客様がすぐに評価できるかというと、そうとは限りません。さらに、営業側がアピールするその強みがお客様になんらかの利益をもたらすかというと、そうとは限りません。「将軍様に献上してきた」という事実は、お客様にはなんの利益ももたらさないかもしれないのです。
それが、例えばお客様が「今まで別のメーカーに納品してもらっていて、こういうことで困っていたが、御社であればこうして対応してくれるんですね。それならありがたいです」と感じてくださることがあります。これはお客様に強みを訴求できていると言えるでしょう。
結局のところ、お客様が本当に気にするのは「自分たちの課題が解決されるのかどうか」という点です。それを解決することがなぜ他社ではできず、自社であれば可能なのかを説明することが「強み」になります。
そのため、「売り手にしか理解できない言葉」で強みを語ってしまっていないかどうか、十分に注意する必要があります。
「接戦の決定場面」を聞いてお客様とのズレをなくそう
お客様目線で強みを語るには「接戦の決定場面を問う質問」が非常に重要です。
よく、この話を聞いていただいた後に経営者やリーダー、マネジャーの方が「みんな、決定場面をちゃんと聞くように。理由だけを聞くのは駄目だよ」とメンバーに指示を出すことがあります。しかし、経験上、こうしたケースの8〜9割はうまくいきません。
それは、決定場面を聞き出すにはある程度の質問スキルが必要だからです。特に初期段階では熟練した質問力を持っていないと核心に迫る情報を聞き出すことが難しいのです。
そのため、「接戦の決定場面を問う質問」を組織的に始める際には、まず最も質問スキルの高い方がヒアリングを担当し、どのように聞けば効果的に情報を聞き出せるのかを明確にする必要があります。
そして、そのヒアリングをしている場面を録画したり、記録したりしてメンバーに共有することが重要です。このステップを飛ばしていきなり現場のメンバーに「決定場面をヒアリングしましょう」と指示を出しても、結果的に「決定場面」を聞いたつもりが表面的な理由だけを聞いて終わってしまうことがあります。
なぜこうなるかというと、お客様自身が「決定場面」を聞かれることに慣れていないからです。どの営業も「なぜ採用されたのか」は聞くものです。お客様はその質問を何度も受けているため、いつも同じように答えてしまいます。その結果、「決定場面」を聞いても質問スキルが充分でないと核心に迫る情報が聞き出せないまま終わってしまうのです。
そのため、「接戦の決定場面を問う質問」はある程度のスキルを持った営業が初期段階で行い、その結果を基にしてヒアリングの型を整えていくことが重要です。そして、枕詞、深掘り、特定質問といういわば「質問力の三種の神器」をしっかりと練習していくことで、高い精度でお客様の核心に迫る情報を聞き出せるようになります。